松源寺 (中野区)
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松源寺 | |
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所在地 | 東京都中野区上高田1-27-3 |
位置 | 北緯35度42分31.0秒 東経139度40分39.7秒 / 北緯35.708611度 東経139.677694度座標: 北緯35度42分31.0秒 東経139度40分39.7秒 / 北緯35.708611度 東経139.677694度 |
山号 | 蒼龍山[1] |
宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
本尊 | 釈迦如来[2] |
創建年 | 天正年間(1573年~1593年) |
開山 | 勅諡霊鑑普照禅師[2] |
別称 | さる寺 |
札所等 | 山の手三十三観音霊場2番札所、東京三十三観音霊場19番札所 |
法人番号 | 7011205000257 |
松源寺(しょうげんじ)は、東京都中野区にある臨済宗妙心寺派の寺院。
概要
[編集]天正年間(1573年~1593年)、勅諡霊鑑普照禅師によって開山された。元々は江戸番町(現・東京都千代田区番町)に位置していたが[2]、1613年(慶長18年)の江戸城の拡張に伴い、牛込通寺町(現・東京都新宿区神楽坂)に移転した[3]。
江戸時代、戸田忠昌が当寺を菩提寺にしたため、墓地には戸田家の墓がある[3]。
1909年(明治41年)に現在地に移転した[4]。移転の際に上記の戸田家の墓が宇都宮市の英巌寺跡へ移された[5]。
さる寺
[編集]当寺は、別名「さる寺」と呼ばれている[2]。当寺4代目住職の徳門和尚が渡し船に乗ろうとしたときに、猿に邪魔されて乗ることができなかった。ところが、その船が目の前で沈没したことから、猿のおかげで難を逃れることができたという逸話から「さる寺」と呼ばれるようになった。門前には猿の石像が安置されている[4]。
交通アクセス
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 中野区史跡研究会 編『中野区史跡散歩 (東京史跡ガイド14)』学生社、1992年
- 斎藤長秋 編「巻之四 天権之部 松源寺」『江戸名所図会』 2巻、有朋堂書店〈有朋堂文庫〉、1927年、524-525,527-528頁。NDLJP:1174144/267。
- 塙静夫『うつのみや歴史探訪 史跡案内九十九景』随想舎、2008年9月27日、287頁。ISBN 978-4-88748-179-4。